地域文化研究所

三郷歌舞伎 東濃地方 恵那市東濃地方

連絡先会長 度会賢吾 方TEL0573-28-1013
住所恵那市椋実771上映時間不定期
恵那市伝統芸能大会、確認要

アクセス方法

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《 宮盛座 》
中央線恵那駅から東鉄バス15分
中央道恵那I.C.から西へ車で15分

解説

(1)由来・系譜
 恵那市三郷町には、佐々良木に宮盛座、野井に舟森座という2つの芝居小屋があり、さらに、椋実八幡神社境内の舞台、深瀬の諏訪神社境内の拝殿においても祭礼時に地歌舞伎が上演されていた。戦後、いずれも復活していた。
 ところが、昭和30年代になると、野井の舞台が取り壊されるなど、地歌舞伎は衰退した。昭和49年になって、三郷町で歌舞伎愛好会が発足し、地元で上演するほか、東濃歌舞伎大会に出演するようになった。昭和51年には、佐々良木の宮盛座(昭和28年再建)において東濃歌舞伎大会を開催し、以後、各地で開催の歌舞伎大会に出演をし、同56年に愛好会を保存会と改称した。昭和54年には、会員の高齢化と後継者不足への対策として、三郷子供歌舞伎存会を結成し、三郷小学校の児童をメンバーとして上演活動を続けている。
(2)芸風
 愛好会時代は、振付は松本団升師に頼み出発したが、大井町の中村津多七に代わった。昭和54年以降は、会員の渡辺文男氏が担っていたが、平成5年以降古老の会員が振付をするようになった。義太夫・三味線は、明智の森部宗助や山岡の後藤善七を頼む時代があったが、会員の度会賢吾(現保存会長)が稽古修業し、担うようになった。芸風は、松本団升師の影響が強く、荒事芝居風で白浪五人男・千本桜道行・太閤記十段目がよく演じられる。
(3)公民館兼宮盛座の建造
 昭和28年、公民館建設の際、昔の芝居小屋の宮盛座即ち劇場の要素を兼ねた総合公民館として建設された。客席には花道があり、2階にも桟敷席が設けら楽屋は別棟の会議室兼用とした。この施設が、稽古場であり、上演場である。
(4)伝承者の言葉
 子供歌舞伎が発足し、伝統の芸を伝承する態勢になって、子供たちに、演ずることの喜びやチームワークの大切さを学んでもらっている。とても張り合いがある。ところが、大人たちの歌舞伎が成立しないことが悩みの種であり、後継者をいかに養成するかが大きな課題である。地歌舞伎上演の喜びをつかんだ子供たちが伝承を支えてくれるのを期待しつつ、奮闘している。

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楽屋で勢揃いの役者達 宮盛座のある公民館